藍工房の歴史History of AIKOBO「藍工房はこうして始まりました」

①藍染との出会いが、すべてのはじまり

1995年(平成7年)、中国広東の広州外国語学院に語学留学していた私たちが旅先の中国雲南大理で出会った一枚の藍染クロス。

手絞り 藍染クロス

手絞り工芸品の素朴な味の布には、手づくりのあたたかさ、ぬくもりがありました。

日本に紹介したところ「こんなにすてきな藍染をこんなにお手頃な価格で手に入れられるなんて!」と喜ばれました。そのお声にもっとお応えしたいと思いました。また、ペー族の洋服店の方々が私たちの思いをウエアとして形にしたい、と申しでてくれました。手絞り藍染の布をウエアと小物にすること、それが「藍工房 AIKOBO」誕生のきっかけです。




②藍工房の普及事業は、フェアトレード「地球に喜びの流れをつくる」

創業当初は苦難の連続でしたが、3年目あたりから東北各県の百貨店の催し会場で期間限定で展開していました。

販売活動により毎年増える商品の注文生産で、生産地の貧しかった彼らの生活がだんだんと豊かになりました。

お客様に喜んでいただける商品を海外の生産地の人々とともに生み出し、適正な場所、価格で紹介していく。そうして、藍工房事業は、人の流れ、モノの流れ、喜び幸せの流れを、地球上に点と点を結んでプロデュースしていく仕事だと気がついたのです。

これって、フェアトレードなんですね。




③第二の転機が訪れました。タイでの手織り文化と出会い

手絞り藍染ウエア雑貨をお客様に紹介しているうちに、「染め」のみならず、「織り」のウエアが欲しいというお客様の声をたくさんいただいたのです。

また、化学繊維にはない肌ざわりのいい、お肌にやさしい素材、コットン100%が好まれています、エコ文化の潮流です。

海外の手織木綿の産地を調べると、タイのチェンマイが有名でした。タイの人々は衣装を作る生地を自分たちの手で染め、織ってきたので、はた織りの技術と文化をもっていました。

そこで、2000年には、タイに拠点をおき、現地タイの人達と交流をはかりながら、お洋服を生み出していくことになったのです。 タイ・チェンマイは、伝統工芸の郷です。和とアジアの融け合ったものづくりを通じ、タイ・チェンマイより日本へ、伝統工芸のファッションを伝えます。

染まった糸をはた織り機で少しづつ織り上げていきます

「日本人の心の中に眠る着物文化、絣(かすり)」と「タイ人の手織り文化と技術」がめぐり逢い、融合して、草木染手織木綿「藍工房」が生まれました。

草木染手織木綿生地の様々な素材により四季折々のウエアの商品化が可能になりました。さらに、タイ人の織り子たちの経験豊かな高い手染め、手織りの技術力により、生地から作る多彩なオリジナル商品が生産可能になったのです。 日本の高い品質に対応できるタイ人スタッフを採用教育にはたいへんな苦労をしましたが、今では巧みの技の織り手、縫い子を何人も養成しました。




④百貨店ショップ、リゾートホテルショップに展開

あるご縁がきっかけで小田急ショッピングセンターの催事場に出店、大成功を収めます。その成功を機に、ついに2000年9月小田急百貨店町田店に1号店を出店します。 その後、京王百貨店新宿店に都内初進出、また東武百貨店船橋店にも出店、首都圏一都二県の百貨店ショップになりました。さらに、箱根の小田急のリゾートホテルにも出店しました。

手づくり品の手染め手織りなので、高い品質での生産には数に限りがあります。そのため藍工房製品は限りなく1点ものに近い小ロットでの生産を徹底しています。よって、他店舗展開にも限りがあります。これからも手づくり一点ものを貫きます。 よって限られた百貨店とホテルでの「藍工房ショップ」として、ご愛顧いただいております。これまでも、これからも。

商品をすてきにディスプレー

早期受注会

チェンマイで作られた品々は、日本のスタッフからお客様へ紹介されます。顧客様との交流ツアーや早期受注会も毎年開催しています。

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